民主党の終焉に思う 110821

誰かが言う
こんな人でも代表選挙に名乗りを上げることが出来るのであれば
民主党は終わりである。
引用文献:http://news.livedoor.com/article/detail/5798377/



全く同感である

過去2年間 民主政権の堕落そのものに荷担してきた連中が
あたかも 政党主導政治の実現に尽力してきたような顔つきをして
恥ずかしげもなく 今後の政治課題を語っている。


この2年間 官僚に飲み込まれて変節し マニフェストを放棄し
一票を投じた国民の期待を裏切っておきながら
いまさら未来を語る資格や能力が この連中にある筈がない。

引用文献:http://www.dpj.or.jp/policies/manifesto2009
     http://www.dpj.or.jp/policies/manifesto2010

民主党は 大連立という名のムジナの穴に潜り込んだまま死滅し
従来にも増して力を得た官僚たちの高笑いの中で
二大政党時代そのものも あっけない幕切れということか?

そして・・・
パンドラの箱の中に かすかな希望も 残っていないのか?

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いや 望みはあるはずだ

民主党の野党への迎合は 形はとまれ 実質的に大連立を意味する。
一大政党というか 大政翼賛会というか 本質的には無政党時代の到来である。
そこには 確固たるフィロソフィーはなく あるのは利権の争奪のみである。

政治観を変えよう
自民党も 民主党も 公明党も 共産党も すでに政党ではなく 単なる利権集団であり
もはや 国民にとって 有害無益な存在であると言わざるを得ない..
民主党の終焉は まさに既存政党の終焉を意味するのである.

今や 政党にフィロソフィーを望むのではなく 人に望む時代である.
議員を 理念のない政党ではなく 理念のある人で選ぶ時代なのだ

そのためには
選挙民自体が フィロソフィーを持たねばならない。
脂肪太りしたマスゴミに踊らされぬ 自分自身のフィロソフィーを、である。

そして
少しでもましな理念を持つ議員を選ぶことで 政治は一歩ずつ改善するはずだ。
まさに「政治家や政治は 国民のレベルを超えられない」のである。
お粗末な民主党政権の出現は国民の責任でもあるのだ、

さらに
有権者数が不公平な選挙を合法とする 石頭判事様には お引き取り願おう。
参院選の折り 有権者が当該判事欄に「ペケ」印をつけるだけで済む問題だ。
さもなければ 国政はいつまで経っても 地方のじいさまばあさまの掌中だ。

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国民が 主権者としての強い自覚をもとに 行動しなければ
国民の「公僕」としての官僚ではなく 国の「支配者」としての
官僚の高笑いが 永久に消えることはないと思う。


参考文献:(整理中)

2011年8月21日    
2011年8月22日 追記 
2011年8月26日一部修正
2011年9月08日一部修正
2011年9月15日一部追記